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80s'ポップス・シーンを華やかに彩ったデュラン・デュラン
1961年2月16日、アンディ・テイラーは英国タイン・アンド・ウィア州クラーコーツで生まれた。11歳の時にギターを手にすると、ほどなくしてローカル・バンドで活動を始める。
転機は1980年。「メロディ・メイカー」誌に掲載されたデュラン・デュランのギタリスト募集の広告に目を止め、オーディションを受けると見事に合格する。
既に幾度かメンバー・チェンジをしていた、SF映画「バーバレラ」に登場する悪役キャラクターの名前をグループ名にしたバンドには、この時点で結成からの、ニック・ローズ(key)、ジョン・テイラー(b)、と途中加入のロジャー・テイラー(ds)が在籍していた。
そして間もなく当時バーミンガム大学で演劇を学ぶ学生だったサイモン・ル・ボン(vo)の加入が決定。ここにデュラン・デュラン黄金のラインナップが揃う。
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グラムロック~パンク~ニューウェイヴを通過して築いた音楽性と貴公子然としたヴィジュアル・イメージを引っ提げて、1981年2月にシングル「プラネット・アース」でデビュー。同年6月にアルバム「デュラン・デュラン」も発表する。
これが250万枚を売り上げる大ヒットを記録し、彼らは一躍スターダムにのし上がる。
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MTVの台頭ともリンクして本国のみならず、アメリカでもブレイクする。
その音楽スタイルはニュー・ロマンティックと称された。
ダイアナ元皇太子妃も彼らのファンであることを公言し、2作目「リオ」(82年)、3作目「セヴン&ザ・ラグド・タイガー」(83年)が発表される頃には彼らは スーパーバンドの座に登りつめる。だが、アンディ自身はバンドの大成功とは裏腹に音楽的に飽きたらなさを感じていた。
そして彼は憧れのロバート・パーマー(vo)に声をかけ、元シックのトニー・トンプソン(ds)とジョンを誘い、パワー・ステーションを結成する。
デビュー作「ザ・パワー・ステーション」(85年)は英米でヒットを記録。これをきっかけにアンディは1986年にデュラン・デュランを脱退する。
LAに拠点を移すと、初ソロ作「サンダー」(87年)を制作。さらに、1990年にはソロ第2作としてカヴァー作「デンジャラス」も発表した。しかし、2001年にデュラン・デュラン黄金時代のメンバーが久々に顔を合わせると、18年ぶりに5人でアルバムを制作する話が持ち上がる。
そして、再結成盤「アストロノート」(04年)が完成。全英チャート3位まで上がるヒットとなる。が、その世界ツアー途中の2006年にアンディは再度グループを脱退、ソロの道を再び歩む。
デュラン・デュラン時代はキャッチーなリフ作りで存在感を示していたが、ソロ作ではアメリカン・ハード調のリード・プレイを思う存分披露している。
使用ギターはヤマハのSGやシェクターのテレキャスター・タイプ、ストラトなど。
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